「大学って行ける?」
そう聞かれたら、「行けるよ」って答えるよね。
でも私は行くことを許されなかった。
それは、私が『女』として産まれたから。
家庭の経済事情の悪化もあるが、一番の理由は、私の下に『男』の弟がいて、私は『女』だったこと。
私が願っても願っても、どうしようもなく。
自分の力で例え学費を工面したとしても、
とにかく進学することを却下された要因のひとつ。
【私の歴史〜背景〜】
出生〜幼少期
長子だった為、かわいがられたんだと思う。
たくさんの写真が残っている。
私の最初の記憶は1歳数ヶ月の頃。
当時住んでいたアパートの間取りや母親が台所に立つ後ろ姿や起こった出来事等を映像記憶と感情記憶として断片的に覚えている。
2歳で文字を覚えた事が母親の自慢らしい。
今でもその事を他人に話す。
幼稚園に通う頃には英語のフラッシュカードのような機械仕掛けの知育玩具あった事を覚えている。
私には他人よりいわゆる『できる子』だった記憶はないが、母親いわく周囲が年齢を疑うほど物覚えが早かった(らしい)。
2つ下に、妹。5つ下に弟が産まれる。
そして、徐々に母の自慢の対象が弟に変わる。
しかしながら、待望の男児は3人の中で一番出来が良くなかった。
私は幼少時から、ずっと
「あんたが男だったら良かったのに」
と言われ続けて育つ。
それは、もうアラ還になった今も続く。
80代後半に入る母、まだ頭はしっかりしている。
今もなお、私が幼い頃から出来が良かった事を他人に話す(断っておくが特別出来が良かった事実はないと思う)。
そして言う、
「あんたが男だったら良かったのに」。
ひと前だろうと、自慢話の後の締めくくりはこれ。
(続く)